山辺御県坐神社をあとにして、中ッ道をさらに南へと歩みを進める。杉本町にある前栽公民館の前に差し掛かる。ここには、万葉集の歌を刻んだ石碑が…
石上 布留の早稲田を 秀でずとも 縄だに延へよ 守りつつ居らむ
作者不詳 萬葉集 巻七/1353
こんな歌が彫り込まれているはずである。手頃な写真が見つからないのでどうしてもという方は
石上の 布留の早稲田を まだ穂が出ていなくても 標縄だけでも張ってください 番をしていましょう。
ほどの意味であるが、むろんそのまま受け取ってはいけない。この歌が「譬喩歌」と呼ばれる部立に分類されている以上。ここの「早稲田」は単純に理解してはならぬ…なんてお話を当日されるのであろうか。
次は、前栽遺跡である。前栽公民館を後にしてほんの1〜2分。一帯が前栽遺跡である。弥生時代から古墳時代、そして中世に至るまでの複合遺跡で、この中ッ道周辺に人々の生活圏が広がり、大和政権の中枢へと続く重要な交通・流通の要衝であったことを物語る遺跡である。
そして…いよいよゴール…天理駅である。10km強…結構な距離であった…と参加された方はきっと思うことだろう。とはいえ即座に解散ということではなかろうと思う。
石上 振乃高橋 高々に 妹之将待 夜曽深去家留
とそこには彫り込んである。
石上 布留の高橋 高々に 妹の待つらむ 夜ぞ更けにける
作者不詳 萬葉集 巻十二/2992
何かの都合で恋人の家へと向かうのが遅くなってしまったのであろう。夜の更け行く中、恋人のもとへ急ぐ男の焦る気持ちと、その訪れを待ちわびる女性への切ない思いが詠まれた歌である…なんてことをお話になるのだろうか…
今日までの何回かは、この11月8日に予定されている第12回万葉ウオーキングの予定に従って、参加の叶わぬ私がこんな感じじゃないんかなあ…なんていう勝手な想像である。むろん、行っていることはそんないい加減なことではないと思うが、当日の講師の先生方のお話を聞くほうがためになるだけではなく面白いことは明らかである。そんなお話を聞けないこと、極めて残念。来年こそはと深く心に期す三友亭であった。
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