毎年、この時期になるとこの標題で書いている。
7月の24日に始めたことははっきり記憶があるのだが、どの年に始めたかが定かではない。
このなかから、最も古い、
をみると、ブログを始めてまる4年。これから5年目に入る…等と書いてある。そしてこれは2012年に書いたもの。とすると私がブログなるものを始めたのは2008年の7月24日ということになる。それからもう14年がたった。とすれば、この7月24日で私がブログを始めてまる18年ということになる。
当初の頃の事情についてはこの2012年のものに詳しく書いてある。かつては、週に1度どころか、同時並行で育種者ブログを運営していたようである。次第に他のブログを書くことはなくなり、このブログの更新自体も段々と間隔があくようになってきた。けれども、脳の老化防止のためにせめて週に1回の更新はしなければと頑張っていた。が、近年はそれすらも危うく、2週に1回の更新がやっとになってきている。
しかし、そんな次第に頼りないものになりつつある脳味噌であっても、毎年この日に書き残してきた「ある感覚」だけは、はっきりと覚えている。それは、この国、そして世界が向かっている方向に対する、年々増大していく不安である。とりわけ、昨年秋に高市政権が誕生してからの動きは、私のその不安をいや応なく加速させている。その理由は言わずもがなであろう。
社会を敵と味方に分断し、威勢の良い言葉で異論を封じるような空気が、政権の推進力と調和するかのように広がっていく。その「きな臭さ」を、きな臭いとすら感じなくなってしまっている人々の多さに、私は言いようのない恐怖を覚える。
私のブログには、2012年の正月に初めて登場して以来、節目ごとに何度も引用してきた一句がある。
戦争が廊下の奥に立つてゐた(渡辺白泉)
1939年、まだ多くの国民にとって戦禍が現実味を帯びていなかった時代に、白泉がその足音を敏感に察知して詠んだ句である。
2012年に私がこの句を紹介した時は、まだどこか「歴史の教訓」「自戒の念」としての意味合いが強かった。自分が生きているうちに、この国が再び不穏な渦に巻き込まれることなどあり得ない、そう信じていたからだ。それが2015年、2016年と時を経て、廊下の奥にあったはずの影は、ゆっくりと、しかし確実に足音を響かせながらこちらへ近づいてきた。
そして今、様々な転換が政権により強引に推し進められている。「民主国家」の体裁は今やどこにもうかがえない。 影はもう「廊下の奥」にとどまってなどいない。障子を開け、私たちのすぐ後ろに立ち、その息遣いすら感じられるところまで来ている。
来年の7月24日はどんなことを書いているだろうか。
…ひょっとしたら、こんなことはかけない国になってしまっているのではないか…
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