電話嫌いの私が電話を持ち歩くようになって20年以上経っている。相手の顔が見えぬのに声が聞こえてくる不気味さと、仕事上の電話が言いにくいことを言わなければならない場面か、苦情の受付、更には緊急の出来事の連絡と、あまり嬉しいことで使うことがなかったことをとで、職場の周囲の方々のほとんどが携帯電話を持つようになっても私はそれを手にすることをしなかった。
嫌いなものをなぜわざわざ持ち歩かなければならないのか…それが私の思いであった。
そんな私がしぶしぶ携帯電話を持ったのは1ヶ月以上の関東への長期出張のおりであった。家族との連絡、職場との連絡…あれこれの事情があって持たざるを得なくなった。そして一度持ってしまうと、いろんな意味で手放し難くなってしまう。
てなことで、今も私は常に電話器スマートフォンを携帯している。
とはいえ、上述の通り電話は嫌いなものだから自分からはめったにしない。向こうからかかってきたとしても、見知らぬ電話番号には絶対に出ない。だから私の電話機が電話機としての機能を話すのは月に数回のみである。場合によっては月に一度も使わない時がある。
ここ2年ほど与えられた役割で、仕方なく電話することがあるので、そのためにかけ放題のサービスのあるプランを利用しているが、その前はそんなプランを利用せずとも、通話料が300円を超えることはなかったように記憶している。
では、電話機としてほとんど活用されていないこの電話機…スマートフォンを私はどう使っているのか…
少し横道にそれるが、昨日妻のスマートフォンが使用し始めて結構な歳月が経ったので機種を交換しに行った。お店の方はおすすめの品を複数紹介してくれるのだが、値段層が同じであれば、どれもこれもほとんど同じような性能で、私にはその違いが写真機としての機能の違いぐらいしか感じられない。畢竟、携帯電話とはカメラ付きの電話ではなく、電話付きのカメラのような気がしてきた。
てなことで、そのカメラとしての機能を私はどれほど活用しているのか…スマートフォンを初めて手にした頃は嬉しがってアチラコチラでパチパチしていたが最近はたまにメモ代わりに使うだけで、よほどのことがないとカメラのボタンを押すことは滅多になくなった。
メモ以外の目的で私が最後に撮った写真は、
これが最後で、日付は10月11日となっている。
この間ほぼ2ヶ月、正倉院展に入ったし。長谷寺の紅葉も見に行った。そして藤原宮跡のコスモスも見に行った。しかしながらそこでシャッターを切ることはなかったのだ。むろん、これは今だけの私の思いなのかもしれないが、せっかく目の前に「いいもの」があるのに、それをレンズを通して見ることにいささかの嫌悪を感じてしまうのだ。
今だけ…と上には書いたが、今後この感覚がどう推移してゆくのかはもちろん私にもわからないが、少なくとも今、私の電話付きカメラは、電話としての機能もカメラとしての機能も十分に果たしているとは思えない。
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コメント
私もスマホは電話機としてはほとんど使っていません。
カメラとしてもあまり使っていません。
カメラは未だにデジカメがメインで、デジカメを忘れたり電池切れだったりする時だけ、やむなくスマホを。
あと、何とかペイは全く使っていません。
ではスマホは何に使っているかというと、目覚し時計ですね。(^_^)
他には、ゲーム。脳トレ系で、ボケ防止になりそうです。でも、目を悪くしそう。
あとは、SNSを見たり書いたりといった、外出先でのパソコン代わりでしょうか。
でも、世の中、コロナワクチンの接種予約とか、誰もがスマホを持っていることが前提になりつつありますね。