近況報告

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定年退職の身となってから5年が経過した。その後、5年間は再任用として同じ宇陀の職場で働いてきた。66歳となる今年はいよいよ再任用の期限も切れ、めでたく年金暮らしに入るはずだったが……なかなかそうは問屋が卸さない。

1年の期限付きではあるが、今年もこの宇陀の地で働くこととなった。なり手不足の業界ゆえ、なかなか年寄りをお役御免とはしてくれないようだ。それはそれでありがたい話ではあるのだが、ご期待に沿えるような働きができるかどうかは、甚だ心許ない。若い頃とて期待に沿えていたかと言われれば否定できない私だが、その不安の度合いが年々高まってきていることだけは確かである。

人の名前をより多く覚えることは、私の仕事の肝要な点の一つである。しかし、それがおぼつかなくなっている事実は、ここ数年顕著に見られる傾向だ。一人の名前が記憶に入ってくると、入れ替わるように別の一人の名前が確実に外へ出ていってしまう。記憶の容量は、今や懐かしのフロッピーディスクよりも遥かに乏しくなっている。

それでも「使ってくれる」というのだから、誠にありがたい話ではある。

現在の職場はこれで10年目になるが、その前の5年間は「都祁つげ」という地で職を奉じていた。宇陀は標高300mを超える高地であり、私の職場はその中でも高台の330m地点、ほぼ東京タワーと同じ高さにある。つまり建物の2階へ上がれば、東京タワーの先端より高い場所で働いていることになる。そして以前の都祁は、ここよりさらに200m近く高い、標高500m弱の場所に職場があった。

この15年間、私は大和盆地東部の山地で働いてきたことになる。

それ以前の職場の殆どは、大和盆地の中でもごく低地に位置していたそのせいか、いつも近くには県内の汚水を処理する施設があったものだ。高度が上がれば気温が低下することは、小学生の高学年にもなれば知っている事実である。日差しや風向き、強さの加減もあるが、おおよそ都祁で4度、宇陀で2度ほど、盆地部よりも気温が低い。夏場、出張で昼から盆地へ出かけたりすると、車を降りた瞬間の気温差に驚くことが多い。冬もまた然りである。

都祁の職場に至っては、数十年前までは赴任者に「寒冷地手当」がついていたほどだ現在は廃止されている。事実、15年前に都祁への赴任が決まった際、管理職から「車で通うなら、冬までにスタッドレスタイヤを用意しておくように」と告げられた。現在の宇陀においても、降雪や凍結の可能性は低いながらもゼロではないため、同様の備えは必要である。まったく、とんだ物入りだ。

実はこの春、自動車を買い替えた。それに伴い、これまでのスタッドレスタイヤは使えなくなってしまった。これから何年も今の職場に残るならば購入の決心もつくのだが、前述の通り、雇用は1年の期限付きである。次の冬、同じ職場にいるとは限らない。大和盆地内の職場であれば、スタッドレスタイヤを必要とすることはまずないだろう。

決断の時はまだ先ではあるが……。
スタッドレスタイヤを買うべきか、買わざるべきか。それが問題である。


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